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夜間中学生交流の場


遠友(えんゆう)だより


(だい)161(ごう) 2011(ねん)11(がつ)30(にち)


(ねん) 国語(こくご)  (わたし)(ねが)日本国(にっぽんこく)憲法(けんぽう)(1)


I.Tさん


日本国(にっぽんこく)憲法(けんぽう)について、(わたし)なりに(かんが)えてみました。それは(くに)(さだ)まりとして(なん)箇条(かじょう)もありますが、家庭(かてい)(まも)(わたし)たち主婦(しゅふ)にも(わか)りやすく、納得(なっとく)できる国法(こくほう)であってほしいです。

(むかし)武士(ぶし)時代(じだい)は、百姓(ひゃくしょう)()いものにした(あく)代官(だいかん)(たみ)(くる)しめ、秩序(ちつじょ)(やぶ)りました。

昭和(しょうわ)初期(しょき)から戦時(せんじ)(ちゅう)軍国(ぐんこく)主義(しゅぎ)()(なか)でした。(わたし)(あに)たちは、(くに)勝手(かって)()めた「大日本帝国(だいにっぽんていこく)海軍(かいぐん)」と名前(なまえ)ばかり立派(りっぱ)軍隊(ぐんたい)で、最後(さいご)はぼろぼろになって(かみ)きれ(いち)(まい)戦死(せんし)でした。戦争(せんそう)(ちゅう)とはいえ、(かな)しい時代(じだい)でした。

現代(げんだい)はどうか?(くに)()合戦(がっせん)どころか政党(せいとう)権力(けんりょく)(あらそ)いに右往左往(うおうさおう)している()(さま)です。(いま)国民(こくみん)がどのような状況(じょうきょう)であるかに真剣(しんけん)()をむけてほしいです。災害(さいがい)問題(もんだい)、そして雇用(こよう)問題(もんだい)()をつける(こと)沢山(たくさん)あると(おも)います。

(わたし)(ねが)憲法(けんぽう)は、民衆(みんしゅう)目線(めせん)できびしくも愛情(あいじょう)をもった「民主(みんしゅ)憲法(けんぽう)」です。


* * *


K.Nさん


(わたし)は、世界(せかい)人々(ひとびと)(しあわ)せに()らすために一番(いちばん)大切(たいせつ)(こと)は「平和(へいわ)」である(こと)だと(おも)います。もし平和(へいわ)じゃなかったら、仕事(しごと)()きな(こと)もできなくなります。日本国(にっぽんこく)憲法(けんぽう)は、戦争(せんそう)放棄(ほうき)しています。これが一番(いちばん)大切(たいせつ)(こと)なので、これから(さき)もずっと()わらないでほしいです。

今回(こんかい)授業(じゅぎょう)憲法(けんぽう)前文(ぜんぶん)()んで、言葉(ことば)のひびきがとてもきれいだったので、(かた)いイメージだった憲法(けんぽう)(すこ)身近(みぢか)になりました。前文(ぜんぶん)以外(いがい)のところも()んでみたいです。


* * *


O.Iさん


(わたし)(いま)()きておりまして(おも)うことは、一番(いちばん)平和(へいわ)です。日常(にちじょう)生活(せいかつ)多少(たしょう)波風(なみかぜ)はありましても、普通(ふつう)()らして()きていられます。

先日(せんじつ)「おじいさんと草原(そうげん)小学校(しょうがっこう)」という映画(えいが)()まして、(こころ)(ふる)えました。(いま)もこの映画(えいが)のことを(かんが)えております。「(わたし)にとって自由(じゆう)とは、学校(がっこう)()(まな)ぶこと。もっともっと(まな)びたい。キマニ・マルゲ」本当(ほんとう)大事(だいじ)(こと)だと(おも)います。

「あたらしい憲法(けんぽう)のはなし」に「これから(さき)日本(にっぽん)戦力(せんりょく)放棄(ほうき)します。しかし(みな)さん(けっ)して心細(こころぼそ)(おも)うことはありません。日本(にっぽん)(ただ)しいことを()(くに)より(さき)におこなったのです。」とありました。この文章(ぶんしょう)感動(かんどう)しました。

(いま)(わたし)たちは平和(へいわ)()たり(まえ)生活(せいかつ)しておりますが、66(ねん)(まえ)では(かんが)えられませんでした。戦争(せんそう)戦争(せんそう)(おお)くの(ひと)たちは平和(へいわ)(のぞ)んでいたと(おも)います。「(あたら)しい憲法(けんぽう)のはなし」をいつかじっくり(まな)びたいと(おも)います。


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K.Jさん


(くに)政治(せいじ)我々(われわれ)国民(こくみん)からなっていて、幸福(こうふく)平和(へいわ)主義(しゅぎ)思想(しそう)(もと)づいて(つく)られているが、本当(ほんとう)にそうだろうか。

(わたし)(おも)うことは、雇用(こよう)問題(もんだい)である。(はたら)(ざか)りの人達(ひとたち)企業(きぎょう)倒産(とうさん)にあい、(さい)就職(しゅうしょく)することもままならず(くる)しんでいる。それと定年(ていねん)延長(えんちょう)されたことも原因(げんいん)ではないだろうか。

もう(ひと)つは、原発(げんぱつ)問題(もんだい)である。今回(こんかい)地震(じしん)で、どれだけの人々(ひとびと)(なげ)(かな)しんだことだろう。ほとんどが壊滅(かいめつ)状態(じょうたい)で、いつ復旧(ふっきゅう)できるのか目処(めど)さえ()っていない。

我々(われわれ)も、これを機会(きかい)にもう一度(いちど)見直(みなお)さなければならないが、(くに)全力(ぜんりょく)をあげてこの現実(げんじつ)()()かい、国民(こくみん)のために格差(かくさ)のない社会(しゃかい)実現(じつげん)するように、(わたし)(ねが)う。


* * *


K.Sさん


一語(いちご)一句(いっく)意味(いみ)(ふか)(かんが)えながら憲法(けんぽう)(かん)する文章(ぶんしょう)()れた(こと)(いま)まで()かったのでは、と(おも)います。

主権(しゅけん)国民(こくみん)にある(こと)戦争(せんそう)放棄(ほうき)世界(せかい)国々(くにぐに)平等(びょうどう)に、平和(へいわ)(てき)関係(かんけい)(たも)(こと)等々(などなど)どれ(ひと)つとっても(まも)っていかなければならない(こと)ばかりだと(おも)います。(かんが)えてみるとこの憲法(けんぽう)は、敗戦(はいせん)(こく)として日本(にっぽん)自国(じこく)人々(ひとびと)世界(せかい)国々(くにぐに)人々(ひとびと)(たい)して(はっ)した約束(やくそく)だったと(おも)います。

もし日本(にっぽん)戦勝(せんしょう)(こく)になっていたらどんな憲法(けんぽう)ができていたでしょうか?ふと(おも)ってしまいました。

それにしても、この世界(せかい)から戦争(せんそう)()くなる()はくるのでしょうか。


* * *


S.Uさん


昭和(しょうわ)16(ねん)戦争(せんそう)突入(とつにゅう)。そして日本(にっぽん)戦争(せんそう)()(すす)んでいた当時(とうじ)満州(まんしゅう)樺太(からふと)と、日本人(にっぽんじん)一攫千金(いっかくせんきん)夢見(ゆめみ)移住(いじゅう)しました。(わたし)(たち)一家(いっか)同様(どうよう)に、樺太(からふと)移住(いじゅう)しました。

当時(とうじ)樺太(からふと)には日本人(にっぽんじん)が50(まん)(にん)もいて、景気(けいき)()く、(みな)一生懸命(いっしょうけんめい)(はたら)いてそれなりに()らしていたのです。日本(にっぽん)国内(こくない)では長引(ながび)戦争(せんそう)にどれだけの国民(こくみん)()えに(くる)しみ、ご苦労(くろう)されたことでしょうか。

ようやく昭和(しょうわ)20(ねん)終戦(しゅうせん)(わたし)(たち)はその(さん)(ねん)()昭和(しょうわ)23(ねん)に、(きゅう)ソ連(それん)()われるように(いえ)財産(ざいさん)没収(ぼっしゅう)されて、リュック(ひと)つで日本(にっぽん)辿(たど)()きました。

戦争(せんそう)()日本(にっぽん)憲法(けんぽう)(じょう)戦争(せんそう)放棄(ほうき)(うた)っています。()(なか)が、どう()わっていこうと、この9(じょう)だけは(まも)ってほしいと、(わたし)(ねが)います。

* * *


I.Mさん


(わたし)戦後(せんご)()まれですが、憲法(けんぽう)戦争(せんそう)気持(きも)ちの(なか)でむすびついています。

世界(せかい)各地(かくち)戦争(せんそう)()きています。日本(にっぽん)憲法(けんぽう)(まも)られているので、(ほか)(くに)との戦争(せんそう)(みと)められていません。

(とお)他国(たこく)では、戦争(せんそう)のためたくさんの(ひと)たちが(きず)つき()んでいます。世界中(せかいじゅう)平和(へいわ)安全(あんぜん)()らせたらいいな、と(おも)います。

日本国(にっぽんこく)憲法(けんぽう)はすばらしいことを(うた)っています。

* * *


S.Tさん


戦争(せんそう)武力(ぶりょく)行使(こうし)ほど悲惨(ひさん)なことはないと(おも)います。戦争(せんそう)によって人命(じんめい)(うしな)い、健康(けんこう)幸福(こうふく)だった生活(せいかつ)(うしな)ってしまったのです。

太平洋戦争(たいへいようせんそう)(はじ)まった(とき)小学生(しょうがくせい)でした。戦争(せんそう)次第(しだい)(はげ)しくなり、男性(だんせい)招集(しょうしゅう)されて、農家(のうか)では人手(ひとで)不足(ぶそく)になりました。そのため小学校(しょうがっこう)でも労働(ろうどう)(りょく)として(はたら)いたのです。(ほん)()って登校(とうこう)しても、(ひら)くこともなく勉強(べんきょう)できませんでした。勉強(べんきょう)がわからないまま、高校(こうこう)知識(ちしき)もなく社会(しゃかい)()(はたら)きいろいろな(こと)直面(ちょくめん)し、如何(いか)勉強(べんきょう)必要(ひつよう)かを実感(じっかん)しました。

どんな(ひと)でも学校(がっこう)()けて、ふさわしい教育(きょういく)()けることができる()(なか)であってほしいと(おも)います。

日本国(にっぽんこく)憲法(けんぽう)では(みっ)つの基本(きほん)として、人権(じんけん)尊重(そんちょう)平和(へいわ)主義(しゅぎ)国民(こくみん)主権(しゅけん)があり、国民(こくみん)(まも)るとあります。これが(まも)られて、戦争(せんそう)二度(にど)とない平和(へいわ)(しあわ)せな生活(せいかつ)ができる(こと)(ねが)います。

* * *


N.Tさん


(いま)までは憲法(けんぽう)(こと)国際(こくさい)社会(しゃかい)(こと)など(かんが)えもしないで、(ただ)自分(じぶん)(ため)生活(せいかつ)のみだったと(おも)う。一人暮(ひとりぐ)らしになり(そと)()()け、運動(うんどう)し、老人(ろうじん)(かい)にも()き、()人達(ひとたち)から色々(いろいろ)()(はなし)()けるようになった。(えん)(ゆう)(じゅく)もその(ひと)つ。

政治(せいじ)平和(へいわ)(こと)など、やさしい(こころ)()っている(ひと)、にこにこ笑顔(えがお)(ひと)()て、(わたし)笑顔(えがお)(みな)さんの(はなし)()けて、健康(けんこう)老後(ろうご)(おく)りたいと(おも)う。

わたしの(ねが)憲法(けんぽう)は、この(さき)もずっと平和(へいわ)(つづ)くことだ。



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